19ページの続きよりはじめます。コンテをもとに製作
しました。

一億円の金で陸奥の山々に移る事を月夜はさらに
こう語る。
「鞍馬は人間じゃ。今年で齢14になる。奴はこの山で
暮らしていても幸せにはなれぬ。ゆえに里に・・。」
話の腰を折るように鞍馬は割って入った。
「鞍馬はいやです。なぜそのような事なされるのか訳が
分かりません。今まで通り皆で仲良く暮らしていけば
いいじゃない!」
月夜「今まで通りか・・。今日を限りにそれはならん!」
鞍馬「なんで!!」  鞍馬は月夜に喰ってかかった。
「そうですよ。なんで今更お嬢様を街へ・・。」
トメ吉は鞍馬を弁護する様に言った。しかし、
「まだまだ未熟じゃな、トメ吉。分からぬか。」
真意を理解せぬ留吉を一喝し、鞍馬に諭すように言った
「鞍馬。お前は本当に優しくていい子に育ったのう。
わしはそんなそなたを誇りに思う。じゃがな、わしらはもう
昔の様に共に暮らしていく事は出来んのじゃ。」
月夜は静かな口調で語った。しかし鞍馬にはなぜ月夜が
平穏な暮らしを捨て、離れ離れに暮らさなければ
ならないのか月夜の言ってる事が全然分からなかった。
月夜はさらにこう付け加える。
「鞍馬、そなたは優し過ぎる。それは人として最も清く
美しい心じゃ。しかし山は妖怪と獣の世界。成人する
までの今までは誰かしらが守ってくれたやもしれぬ。
お前は意識した事がないかもしれぬがお前は今日を
境に大人となったのだ。もう今までのように誰もお前を
助けんぞ!なのにあの甘さ、荒神に止めをさせぬ者が
山で生きてなぞいけぬ。じゃから人の世に降りて暮らす
のが一番というものなのじゃ。」
鞍馬「納得できません!」
噛んで含める様に言って聞かせたにも関わらず我が儘を
言って聞かない鞍馬に月夜は内心怒り、きつめの口調で
鞍馬にさらに言った。
月夜「荒神が出てきてもお前はためらいなく殺せるか?」
鞍馬「こ・・、殺します。」
月夜はさらに問いを残酷なものに変えて問う。
「留吉やわしが荒神と化してもわしらを殺せるか?」
鞍馬はこの思いも寄らぬ問いに眉を顰めた。
「その顔では考えてはおらなかったな。わしらとて妖怪。
信仰の力失われておる今、いつ荒神になるか分からぬ。
鞍馬「私は、私は皆の事信じてるから、荒神になんて
ならないから・・。」
月夜「そうならない保証がどこにあるのじゃ!」
鞍馬「そ、それは・・。」
鞍馬はついに何も言い返せなくなった。全て月夜の
言う事の方が正しかったからだ。
月夜「出発は明後日じゃ。それまでに身の振り方を
考えておくのじゃな。」
月夜は静かにその場を去った・・・。鞍馬はたまらず
泣きながらその場を走り去った・・。留吉は後を
追いかけようとしたが月夜に止められた。

留吉「なぜ止められるのです!いくら権化様でも
ひどすぎます!」
月夜「留吉よ。わしとて心中穏やかではない。そんな事
痛い程よく分かる。山で木や花と戯れてた者を機械で
溢れた里へ下ろすのだ。過酷この上ない。しかし
鞍馬はこのまま山で暮らしていてはもっと不幸になる。」
留吉はその予想外の言葉に驚き、一体どんな不幸が
彼女を待っているのか訊ねた。
月夜「山と共に生き、その一生を終えた巫女はその死後
山姥と化してしまう。奴は妖怪ではなく、もっとたちが悪い
食欲だけで生きており、生前の霊力をもて余しており、
自分の意識などなく誰かに退治されるまで闇の中を
彷徨う。今から三百年前には珍しくなかったことじゃ。
女としての一生を棒に振り、山の中で一人鎮守の神を
補佐してきた女の末がそれじゃ。わしは鞍馬にはそんな
思いをしてほしくはない。辛くても、人の世で幸せを
掴んでほしい。なに、あの子なら大丈夫じゃ。その気に
なれば街の暮らしに順応できる。それにあの子はもう
14。子供も産める体じゃ。一人立ちする良い機会じゃ。」
留吉も月夜の深い考えにそれ以上何も言う事は
出来なかった・・・。
 鞍馬は一人山の中で泣き続けていた。なぜ皆と離れ
なければならないのか、どうして一人で生きていかねば
ならないのか、その意味が分からなかった・・・。
「父上。優しいだけでは生きてはいけないくらい辛い事が
あるの?それなら優しい事がどうして人より優れているっ
て事になるの?」
  鞍馬山には古くより天狗が住んでいた。もともと数
多い種族ではなかったが明治時代の神仏分離令に
伴いその数はさらに減少し、もはや鞍馬天狗の鞍馬坊が
最後の一人となっていた。ある日、鞍馬坊がいつもの
ように山の中を散策していた時、貴船神社の奥深い
淋しい森で捨てられた人間の赤ん坊を見つけた。
ダンボールの中に野良猫のように置き去りにされ、
声の限り泣いていた。拾い上げてみて女の子だと分かった。
「山にゴミを捨てるだけでなく、子供まで捨てるか・・。
今の時代の様に物に不自由しない時代に我が子を捨てるとは一体どのような親が・・・。
鞍馬は気を静め、そっとこの女の子の心の中にある
過去の断片を探ってみた。そして二人の若い男女の
姿がボンヤリ見え始めた。二人はこの赤ん坊を抱え、
人知れぬ真夜中にそっと貴船神社の前に車を止め、
この森の中に入ってきた。
「早苗、なんでおろさなかったんだよ!」
「だってえ、気がついた時にはもう生むしかないって
いうんだもん。あのヤブ!」
「俺もコンドーム無しでやったのが迂闊だったけどよ。
けどよ、あんなもんつけてやったって気持ち良く
ないやんか。なあ!」

 



「こんな山奥じゃ死体もみつかんねえよ。」
「コインロッカーとかでも良かったんじゃない?こんな手の
込んだとこに捨てなくても。」
「バカ。んなもんすぐに見つかって大騒ぎになっちまう。
俺はガキなんて面倒なもんはごめんだぜ!お前と
激しいセックスが出来りゃそれでいいんだ!」
「私もーー!!」
鞍馬坊は驚愕した。
「なんという親だ、なんという不憫な子だろう・・・。」
鞍馬坊が生きてきた600年以上もの間、口減らしや
食べ物が全く無く子供を見殺しにしてきた例は数多く
見てきた。今日明日もしれぬ戦乱の世、快楽にのみ
逃避行する男女も数多く見てきた。しかしそのどれもが
生死の境のギリギリを歩く人間の仕方ない姿では
なかったか。今日のように何不自由ない生活を
手に入れた人間は何を求めているのか。この子は
祝福される事もなく生まれてきた。この子の命は一体・・。
しかしこれもまた時代の流れなのだろう。不憫だが
これもまた運命なのだ。鞍馬坊は自分に言い聞かせ、
その場を去ろうとした。
「可哀想だがこれも運命。ここで静かに野犬の餌となるが
よい・・・。」
しかし今立ち去ろうとする鞍馬坊の背後からは女の子の
産声が止む事無く響き続けた。それは鞍馬坊には
そのか弱い体でなおも生きたい生きたいと叫び
続けているように聞こえた。鞍馬坊はこのお山から名を
いただき、その子に「鞍馬」という名を与えたのだった・・。
 それから四年の月日が流れた。あの時の娘鞍馬は
元気で素直な優しい子に育っていた。一方、鞍馬坊は
大病を患い、その命今まさに尽きようとしていた。
鞍馬坊は枕元に心配そうに座っている鞍馬に言った。
「鞍馬、お前は本当に優しいいい子に育った・・。いいか、
優しいというのは人として優れているということだ。もしも
父に何かあってもその優しさを忘れてはならない。」
鞍馬「病気は治るよ!父上そんなこと言わないで!」
しかし鞍馬の願い空しく、鞍馬坊は天に召された。
最後まで鞍馬の事を気にかけて。月夜権化に鞍馬の
事を託して・・・。
鞍馬はふと我に返った。悲しさのあまり泣き疲れて自分
でも知らぬ間に眠りに落ち、懐かしい父親の夢を見て
いたのだった。鞍馬はまだ夢心地の中で、父の言葉と
母の言葉を思い返した。
鞍馬坊「人として、そしていつかは一人の女として強く、
優しく生きよ、鞍馬!」
月夜「そなたは優し過ぎる!もっと厳しい心を持て!
冷酷になれ!さもなくばお前は死ぬぞ!」
相反する二人の教え。二人のどちらが正しいのか。
優しいことはいい事なのか。優しさが否定される程、
世の中は冷たいものなのか。今まで鞍馬は考えた事も
なかった。心の中が葛藤し、自分でも自分が
分からなかった。自分をとても未熟に感じ、自分の
意見に自信もなくなった。しかし鞍馬よ。それは
誰もが通る道。人は誰しも自分にぶつかり、己を知って
大人の階段を昇ってゆくのだから・・・。

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