「また会ったわね。」
鞍馬の背後で少々低めの女の声がした。鞍馬はハッと
我に返り後ろを振り向いた。そこには今朝見た藤という
女と見知らぬ女が2人立っていた。一人はOL風の少し
ケバい化粧をした女、もう一人は自分と同じくらいの
年のブラザーの制服に身を包むルーズソックスを
履いた女の子だった。しかし二人からは生気はまったく
感じられない。そう、幽霊なのだ。
「私は原田 未来。今日から藤姫様についてく事に
したの。生前は中学生だったわ。私、好きな人がいた。
でもその人黒板にラブレターを貼り付けて見せ物に
したの。それからとんでもないいじめがはじまったわ。
私は耐え切れなくなって・・・。」
未来と名乗る子はそこで言葉に詰まり、目に涙を浮かべ
泣き出してしまった。
「私は木崎 絵里香。大和物産で働いていた事務員よ。
私は子持ちの課長を好きになってしまったの。彼と
何回も寝たわ。子供の事を傷つけぬ様に妻と別れて
私と暮らすとまで言ったわ。でも彼にその気はなかった。
私は彼を許せなかった。必ず呪い殺してやると誓い、
その祈願叶えるため、貴船神社の裏手、たえず藁人形
が打ち付けてある森の中で首を吊って死んだのよ。
でも、彼はぬくぬくと生きている。許せない。だから私は
彼を呪い殺すため藤についていく事にしたのよ。」
鞍馬は愕然とした。人が人をいじめる。人が人を呪う。
今まで自分はそんな事考えた事すらない。まして
男と女がお互いを愛おしく想い、恋する感情など・・・。
未来「あなた、男の子の事さえ知らないでしょ。恋って
分かる?」
未来の質問に鞍馬はとっさに答えられなかった。男の子
と言われても妖怪の男ならいくらでも見たことがあるが
人間の男など想像もできない。しかしこいならわかる。
「知ってるわ。うちの庭の池にもいっぱいいるもの。」
未来「バカ!それは鯉でしょ!!男の人を心から好きに
なるって事よ!」
鞍馬はなぜ未来が怒ったのか訳が分からなかった。
未来「信じられない。この年で男の子どころか恋の
意味も知らないなんて。バッカじゃないの!!」
藤「この二人は今日の朝、私の誘いに乗ってきた魂だ。」
二人とも悲しい失恋の末、淋しい自殺を遂げた・・。
私とよく似ている・・。だから連れて行く・・。私と共に・・。」
鞍馬「待ちなさい。一体あなたはその二人を連れて行って何をするつもりなの!?」
未来はきっと鞍馬を睨み言い放った。
「私たちの魂をあなたに鎮めるなんて事、あなたには
出来ないわ!恋する事も知らないあなたなんかにね!」
絵里香は感情に駆られている未来を抑止するように、
「未来。もういいでしょう。こんな小娘相手にしてる時間
私達にはないのよ。あと2時間のうちに神仙洞まで
行かないといけないのよ。ねえ、藤姫。」
藤は静かに目を閉じて、
「今宵、全ての準備は整い、赤い三日月がこの夜空に
舞い上がる時、魔王は目醒める。遥か永き眠りより。
その時、私たちの悲願は現実の物になるの。」
その言葉を言い終わると同時に藤姫の姿は深い森の
闇と同化していった・・。絵里香もいつの間にやら姿が
見当たらなくなっていた。未来だけはその場に止まり、
鞍馬に向かってこう言った。

 

 

 

「あなた、覚えておくといいわ。現世には愛だけでは
癒し切れない感情があるの。あなたの未熟な心で
浄化できる魂ばかりじゃないのよ!」
 鞍馬は藤姫達が何かとんでもない事を始める気では
ないか、胸騒ぎを覚えた。月夜様に知らせなければ・・、
鞍馬は急いで妖怪の隠れ庵へ引き返し、月夜権化に
今見聞きした事の顛末を話した。
月夜「神仙洞・・・、奴らは確かに神仙洞に行くと
言ったのだな。」
留吉「月夜様、神仙洞とは一体・・・。」
月夜「神仙洞とはこの山のここよりさらに深き森の中に
ありき。その昔、源 義経公がこの山におったころ、
同時にこの山に住んでおった山の民が神降ろしを
おこなっておった洞窟だと先代に聞いた事がある。」
留吉「神降ろし?」
月夜「そんな事も知らずよく200年も妖怪をやって
これたのう。天地に住まう神々を現世に呼び出す事じゃ」
鞍馬「確か、藤姫の魂は全ての準備が整ったと言って
ました。」
月夜「うむ。その藤姫とやらは神降ろしを行おうとしてる
と思って間違いなかろう。これは一刻を争うな。わしが
自ら藤姫の退治に向かおう。」
鞍馬「月夜様自らが・・・。」
月夜権化が自ら動く事など鞍馬は初めて見た。そして
同様を隠し切れなかった。月夜はさらに言葉を続ける。
「人間が神の力を手に入れてもろくな事にはならん。
その力に飲み込まれていずれは己も破滅させる。
始皇帝、ナポレオン、アドルフ=ヒトラー・・・、数え
上げればキリがないほどその様な人物はおるのだ。
藤姫が一度神を呼び起こせば何が起こるか誰にも
分からぬ。だからわしが行く。」
しかし鞍馬がそこに割って入った。
「月夜様!その役目、私にやらせてください!」
月夜は鞍馬の思わぬ発言に顔色一つ変えず、聞き
返した。
「お前のその甘さであの娘御を滅ぼせるのか・・。」
鞍馬「分からないけど、私には知らない事が多過ぎるの
だから自分の目で見て、自分の目で確かめたいの!
私はこれからどうしていったらいいのか自分の目で
見たいんです!」
鞍馬は悩んでいた。鞍馬坊の言った事、月夜の言った
事、藤の事、彼女らの言っていた恋について、そして
自分自身について、答えの出ない事ばかり。彼女らの
暴挙を止めなければならない気持ちはもちろんあるが、
彼女らに会えばこれら答えの出ない問題を解決出来る
糸口が見つけられるかもしれない思いもまたあった。
しばらくの間、場を沈黙が包む。月夜と鞍馬がお互い
視線を逸らすことなくみつめあう。そして、月夜がその
重い口を開いてこう言った。
「よかろう。行ってみるがよい!ただし留吉にも同行
させる。良いな!」
鞍馬「はい、ありがとうございます!」

 

 

 

「よいか。絶対しくじってはならんぞ。もししくじれば
天地のバランスが崩れ、人心は乱れ、世界規模の
戦争を招くやもしれぬ。神々と人心の力はかくも
強大な物だ。ゆめゆめ忘れるな・・・。」
月夜の言葉を胸に宿し、鞍馬は深い森の中のきりたった
崖の中腹にある洞窟を見上げた。
「ここが神仙洞・・・。」
深い森の闇と入り口から一寸先も見えない洞穴の入り口は一層不気味さを引き立たせる。中には無数の荒神と
幽霊が潜んでいるようだ。だが引き返す事は許されない
留吉は持ってきた松明に火をつけ鞍馬と共に暗い
洞窟へと足を踏み入れていった。
 一方その頃、月夜はいよいよ赤い三日月が東の空を
照らし出した星空を森の中より静かに眺めていた。
「果たしてあの二人で大丈夫だったのか?いや、もし
鞍馬が失敗してもそれは運命。定めというものじゃな・。」
 その頃鞍馬は深い闇の続く洞窟をどこまでも地の底へ向かって留吉と共に歩いていた。              鞍馬「ずいぶん深い洞窟ね・・・。」
留吉「それだけじゃありません。そこかしこに低級の
荒神の影も・・。この火に近づけないから助かってるけど」
襲ってくる心配はないが、絶えずこちらを見ている。   しかし洞窟の最深部が近いのか、霊気はそこかしこに 漂っているが荒神の姿は全く見えなくなった。       やがて通路の向こうにうっすらとした光が見えてきた。  その光はこの向こうにある穴から洩れてきているようだ。
鞍馬「見て!なにかしら?」
留吉も光の方に目をやった。
「行ってみましょう。」
二人はその光の方へ歩み寄っていった。そして二人は
とてもこの世のものとは思えない物を目の当たりに
するのだった。
 一方その頃、この洞窟の最も深き場所、ヒカリゴケの
群生する大空洞の中で藤姫は神降ろしの最後の仕上げ
を行っていた。まわりの岩壁には藤姫が満たされぬ魂を
癒し、仲間に引き入れた荒神が大量に岩笛を持って
待機している。未来と絵里香はその時が来るのを固唾を
飲んで見守っている。大空洞の中心部分には昔、魔王が
疲れた体を癒した温泉が今も豪快に硫黄の匂いを発して
湯気をあげている。藤姫は精神を統一させ、やがて
両の手を静かに広げ、神を召喚する呪文を唱え始めた。
ついに私の長年の悲願が叶う。藤姫は静かに自分の
心に自らの願いを思い描き、さらに呪文を続けた。

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