「天地を統べし神々よ。無限の命を持ち、無窮の力を
持ちし至高の存在よ  我、汝の開放を請い願う
更に請い願う。時は今こそ来たれり。時は今こそ満てり
古きは蒼い流星として神代より参られた偉大なる天界の
一員にしてこの山の大いなる支配者その名を、
魔王鞍馬皇神!(まおうくらまのすめらのかみ!)
今こそ六百万年の永き眠りより目醒め、現世に顕現
される時、我らが願いを成就する至高の力を
さあ、我に!」
長い呪文に合わせるかのように壁際の荒神達は一斉に
岩笛を吹き鳴らした。やがて暗闇の中、ポツポツと
火の玉が現れ始め、何かとてつもない圧迫感のような
ものが場を支配しはじめた。まだ何の姿も見えない。
しかし何かがすでにこの大空洞の中にいる。
未来は幽霊でありながらあまりに異様なその気配に
恐怖を覚え青ざめた。絵里香は動じない。この目に
見えない化け物が課長をどのような形で殺すのか。
自分の気持ちと目に見えない恐怖の中に一種のスリルのような感情を覚えていたのだ。
藤は静かに二人に言い放った。
「未来!絵里香!見るがいい!もうすぐ我らの願いが
叶う!五百年の悲願が魔神の力を持ってやっと実現
するのじゃ!」
藤姫は喜びに打ち震えていた。自分が死んで五百年、
ついにあの願いが叶うのだ。それもあと数分後のこと、
魔王の魂はすでにこの空間まで降りてきている。あとは
実体を現すのを待つだけだ。藤姫はその唇にかすかな
笑みを浮かべ、ただ静かにその時を待った。
 その頃、洞窟の奥で不思議な光の先へと進んだ
鞍馬と留吉は驚きの声を上げた。光の中から到着した
先はずっと先まで桜が咲き並ぶ桜並木の街道だった
からだ。その中には人も歩いている。しかし相当古い
時代の人間のようだ。旅人から修験者、山伏、甲冑姿の
侍や足軽、商人たちなどがそばを通り過ぎては消えて
ゆく。遠くには茶屋もぼやっと見える。
鞍馬「ここは!?」
留吉「昔の街道がなぜこんな洞窟の奥に・・・。」
「双一郎様・・・。」
いぶかしがる二人の後ろでふと女の声がした。
振り向いた二人はその人物を見て驚きの声を上げず
にはいられなかった。
「ふ、藤姫!」
しかし不思議な事に藤姫にはまるで私達の事が見えて
いないようなのだ。藤姫は今までに見せた事のないような
笑顔で私達二人の間をすり抜けるように通り過ぎた。
「双一郎様。会いたかった・・・。」
「私もだ、藤姫様。ずっとお慕いしております。今日も
あなたはいい匂いがする。」
藤姫と双一郎という名の男はその場で抱き合い、二人で
街道を歩きながら楽しそうに桜吹雪を眺めていた。
二人の幸せそうな雰囲気が鞍馬の心の中の女としての
感情を無意識に呼び起こした。鞍馬はこの二人を
羨ましく思った。こんな感情が自分の中に芽生えたのは
初めての事だった・・・。

 

 

藤姫「私もあれから幾晩もあなた様の事を考えて
おりました・・・。しかし幾晩経ても床の中で脳裏をよぎる
のはあなた様のお姿・・・。その度に私の女の部分は
濡れて・・、はしたない女と思ってくださいますな、身分が
違えども私はあなたが好きらしい・・・。」
双一郎「私もです・・。しかし私はあなたを養えぬ
貧乏絵師、せめて今だけでもこのままで・・・。」
二人は激しく体を寄せ合い、しばらく二人は見つめあい、
双一郎はそっと藤の頬を撫で、そしてお互いの唇を
重ね合った。二人は目をつむり、さらに激しく抱き合い、
地面へと倒れ込んだ。
鞍馬は心の動揺を隠せず、思わず手で口を覆った。
なぜこんなに胸がドキドキするのだろう。男と女が唇を
重ね合い、その体を重ね合わせてお互いの体のある
部分とない部分を合わせるだけ。しかしこれは
すごくすばらしい事だと鞍馬は確信した。これが未来の
言っていた恋、私にない部分に垂れ下がった物を
持ってるのが男・・・。鞍馬も自分の見た事の無いモノと
その性交渉に体が熱くなり、言い知れない感情を覚え
ながら二人を見守った。しかしこの二人の仲睦まじい
関係を引き裂く事が起きた。藤姫に隣国の殿との縁談の
話が持ち上がったのだ。
「双一郎様、私も隣国へ嫁ぐことになりました・・・。
なんて事はありません。女の私なぞこの戦乱の世では
政略結婚の道具ぐらいの価値しかありませんものね。」
藤姫は淋しそうに双一郎につぶやいた。お忍びで城下に
出る時、こっそり手引きをしてくれていた爺も淋しそうな
表情で黙っている。沈黙の中、双一郎は自分の思いの
たけを藤姫に語りだした。
「藤殿・・・。そなたは貧乏は嫌か?」
藤姫は顔を赤らめながら、
「双一郎様と共にならどのような苦労も厭ないませぬ・。」
事実、藤姫の言葉に偽りはなかった。どこか遠い国に
二人で逃げて、畑を耕しながら年をとって死ぬまで
子供と共に平穏に暮らしたいと思っていた。
双一郎「今は冴えない貧乏絵師なれど、私は必ず成功
して生活に困らぬようにする!私は必ずそなたを守る!
だから行こう!藤殿!この国を捨てて二人で新たな地で
愛を紡いでゆこう!」
藤「双一郎様・・・。嬉しい・・。藤は嬉しゅうございます・。」
藤姫は心の底から嬉しかった。好きな人と一緒になれる
ただそれだけの事がいつの時代でも叶わぬものだ。
叶わぬと思っていたことが叶う・・。藤姫は自分にこの
幸せを与えてくれた御仏に感謝の念を覚えた。
「この爺もお二人の駆け落ちの手引き、手伝いまする!」
爺は己の命を賭して二人を国外へと逃がした。二人は
遠い国で畑を耕しながら仲睦まじく暮らした。やがて
二人の間には子供が出来た。鞍馬はその光景をただ
暖かく、胸を火照らせながら眺めていた。
 一方鞍馬の横でその光景を一緒に眺めていた留吉は
鼻血を出し過ぎて、半分棺桶に足を突っ込んでいる
状態になっていた・・・。

 

 

 

 

ある日、、畑でノラ仕事をして汗をかいている双一郎の
のもとに藤姫はいつものようにおにぎりを持ってやって
来た。
「双一郎様、また私のお腹の中を蹴ったわ。私のお腹の
中で私とあなたの赤ちゃんが生きているのよ。
生まれて来る日を楽しみに待ってるの。双一郎様、私
夢みたいです。この戦国の世で好きな人と結婚して、
好きな人の子供を産んで育てて、私、ずっと女に生まれた事を恨んでいました。でも今はこうして二人でいられる
だけで女としての幸せを感じています。」
二人は畑の向こうに見える山々、山の上に広がる
限りない青空を眺めながら肩を寄せ合い、この幸せな
ひと時を噛み締めていた。しかしこの二人の幸せも
長くは続かなかった・・。二人が駆け落ちをした事を
知った藤姫の父は怒り、二人を国外へ逃がした爺を
手打ちにし、二人の居所を探り当て二人の首を斬り
落とした。さらに子供の霊の祟りを受けぬよう、胎児を
取り出し一刀のもとに斬り捨てたのだった・・・。
 その瞬間鞍馬達の周りを取り囲んでいた田園の風景が
歪み出し、やがて霧のように消え去り、また自分のいた
底知れぬ洞窟の闇が何事もなかったように目の前に
拡がっているのみだった。
留吉「今のは一体・・・。」
鞍馬「きっとこの洞窟に充満する藤姫の想念が、蜃気楼
のようになって現れたんだわ・・。」
鞍馬はさっきの幻で見た光景を思い返していた。
「藤姫と仲が良かったあの人、あの人が男なのね・・。
あの二人を見ていてとってもドキドキしたわ。あれが
恋、恋愛っていう感情・・・。」
鞍馬は今まで感じた事のない感情に呆けたように
浸っていた。
留吉「お嬢様。何をボケっとなさってるんです!急いで
藤姫を倒しにいきましょう!!」
鞍馬「え、ええ・・・。」
鞍馬はまだ感情に酔い痴れたまま留吉に手を引かれる
がままに洞窟のさらに奥へと歩を進めていった・・・。
 一方洞窟の最深部、大空洞内部では異変が起きていた。黒い霧が洞窟の天井を覆い、その霧の中心部に
巨大な眼がカッと見開いて藤姫達を見下ろしていた。
そう、六百万年前この鞍馬山に宇宙より飛来して眠りに
ついていた魔王が目を醒ましていたのだ・・・。
魔王「娘よ、本当にそんな願いでよいのか?我をお主の
体内に30年拘束する程度でよいのか?我の力を存分に
使えば世界の覇者にもなれるものを・・・。その程度で
よいのか?欲望に身を委ね、神を呼び出すは天に
唾する大罪・・、500年の歳月と、己の魂を賭けた願い、
その願いで良いのだな。」
藤「そうじゃ。30年もあれば良い。子が育ち、孫の顔を
見るに十分な時間だろう・・・。」
魔王「よかろう。まずはお前の肉体を再び現世に
呼び戻してやろう・・・。」
魔王は藤姫の方を静かに見やった・・・。途端に藤姫の
まわりに濃い霧が集まり始めた・・・。

 

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